- 区分/種別
- 県指定-建造物
- 所在地
- 那須塩原市下永田4丁目
(県立那須拓陽高等学校) - 時代
- 近現代-明治時代
- ルート
- 近代化遺産からのメッセージ
明治38(1905)年頃、元帥・大山巌が自らの農場に建築した素朴ながら重厚なレンガ造りの洋風の別荘。県立那須拓陽高等学校の大山農場内に遺されており、当時の調度品や大山家ゆかりの資料が展示されている。隣には和風の建物が併設されている。
※見学を希望する場合、事前に県立那須拓陽高等学校(TEL:0287−36−1225)への予約が必要
那須野が原の華族農場群の代表
明治14(1881)年、那須野が原における華族農場の最初期に創設されたのが加治屋開墾場で、大山巌・西郷従道という陸海軍2トップにして従兄弟同士による共同経営だった。明治34(1901)年に開墾場は分割され、それぞれ大山農場、西郷農場を開設、大山農場は現在の那須塩原市下永田を中心に、西那須野駅周辺の市街地も含まれていた。
赤煉瓦の素朴さが大山巌の思いを反映
建物に使われている煉瓦は、大山農場内で焼かれたもの。外観も内部も洋風に統一され、外部は目立った装飾はなく、素朴で重厚な明治建築である。大山は那須野が原の地をこよなく愛し、記念館周辺には大山参道とその先にある大山墓所、近くの大田原市加治屋には西郷従道を祀った西郷神社がある。