
- 区分/種別
- 指定なし
- 分類
- 軍事
- 所在地
- 壬生町壬生丁ほか
- 時代
- 近現代-昭和時代【昭和17(1942)年建設】
- 見学
- 〇 【防火水槽跡は、個人宅内にあるが見学は可能】
- 連絡先
- 防火水槽跡 須藤様 090-4701-6774
建設工事は、昭和17(1942)年に始まった。勤労動員によって平地林300ヘクタールを切り開き、飛行場建設が進められた。昭和19(1944)年5月、宇都宮飛行学校壬生分教所(教育隊)が開校し、本校も清原から移転。養成の対象も特別操縦見習士官の基礎訓練となった。さらに同年10月には熊谷陸軍飛行学校の分教場となり、昭和20(1945)年5月には下志津派遣隊が移転し、実戦部隊が配置された。
飛行場には滑走路のほか、兵舎・格納庫・油脂庫・燃料庫などの付属施設が設けられた。戦後は外地からの引揚者や復員軍人が開拓し、農地へ転用され、その後、飛行場跡地の約北半分は「おもちゃのまち工業団地」として再開発された。現在は商業施設や工場、住宅地、畑地などが広がっており、当時の面影はほとんどないが、民家の庭先に、直径約10メートルあるコンクリート製の円形の防火水槽跡が残っている。





